永代供養 神奈川 鎌倉 江ノ島 宝善院

宝善院の創建と歴史|永代供養 神奈川 鎌倉 江ノ島 宝善院

永代供養墓とは

創建と歴史
創建は諸説ありますが、当山では723年、泰澄大師ご巡錫の時を創建としております。
泰澄大師は、信仰していた十一面観音像をこの地に祀りました。それが宝善院のはじまりだと伝えられています。
泰澄大師は加賀の白山を開いた人物です。

十一面観音座像は平安時代中期の作で、鎌倉では最古の十一面観音像になります。
明治のはじめ頃までは、寺の前の通りが龍口明神社元宮(龍口寺横)から東西に伸びる道路と交わるあたりにあった観音堂に安置されていました。
寺の境内に観音堂があり泰澄大師が信仰していた十一面観音像が安置されていました。
おそらくは、この地が泰澄大師により創建された宝善院跡ではないかと言われております。
かつて宝善院は龍口明神社の神宮寺でした。宝善院は加持山霊山寺と泰澄山瑠璃光寺という2つの山号寺号を持つとされていますが、一方の寺が他方の寺に移ったからなのでしょう。
龍口明神社の祭神は玉依姫命と五頭龍大神ですが、五頭龍大神は泰澄大師が白山から勧請したものだと言われております。

江ノ島とのゆかり

江ノ島神社との結びつき
かつて宝善院は龍口明神社の神宮寺でした。宝善院は加持山霊山寺と泰澄山瑠璃光寺という2つの山号寺号を持つとされますが、一方の寺が他方の寺に移ったからだと言われております。。
龍口明神社の祭神は玉依姫命と五頭龍大神ですが、五頭龍大神は泰澄大師が白山から勧請したものだと考えられています。
龍口明神社は欽明13年(552年)に創建されたとされていて、鎌倉一の古社を標榜し、江ノ島神社とは夫婦神社に当ります。
養老7年(723年)に泰澄大師が江の島岩窟で神行修行したと伝えられ、江ノ島神社との結びつきが強いのです。
江ノ島神社にはかつて岩本坊、上ノ坊、下ノ坊の3坊があったが、岩本坊と上ノ坊の僧侶の墓は宝善院にあります。
津(鎌倉市の飛び地)にあった龍口明神社は昭和53年(1978年)、龍の胴に当たる腰越・津に遷座しました。
遷座前には宝善院には絵があったそうですが、江ノ島と龍口明神社が描かれ、龍口明神社前には波が寄せていたと言います。
江ノ電江ノ島駅あたりは海であったことになります。
源頼朝が幕府を開くはるか昔から鎌倉の在に当る腰越や片瀬には江ノ島神社や龍口明神社があり、それを示すように古い仏像が残っているのです。

宝善院

〒248-0033
神奈川県鎌倉市腰越5-13-17
TEL 0467-31-8010
江ノ電:鎌倉高校駅前・腰越駅
    徒歩10分
モノレール:片瀬山駅・目白山下駅
     徒歩10分
駐車場:有(20台)

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